石戸谷 克義 プロフィール


氏名 石戸谷 克義
ネーム/ハンドルCOS,KI_〜KIZ
所在地東京都大田区
E-Mailishitoya@plum.ocn.ne.jp
ピンボール歴
小さい頃に船橋でドラムピン(だと思う)を親と一緒にやったのが初めてだと思います。実際にルールを覚えてはまったのはハイスピードが出た頃(86年)からです。
好きなマシン Funhouse(Williams),HIGH−SPEED(Williams),Cirqus Voltaire(Bally),後期ドラムピン全般
好きなマシンというのは難しいと思うんですが、自分は結構見た目で判断してしまう方だと思います。あとはその台特有のフィーチャーなんかがあると好きになります。
嫌いなマシン 嫌いなマシンというよりも、苦手なマシンが多少あります。なぜか点数が安定しない台です。
JACK−BOT(Williams),Bram Stoker’s Dracula(Williams)
その他の一言 80年代はそこそこの状態でピンボールを打てたような気がしますが、90年代に入り日本のピン全盛期を迎えたあたりから状態の悪さと基本的な玉の速さに付いていけず、一時期完全に打たなくなってしまいました。しかし、久しぶりに打ちたくなってゲームセンターを回ってみてもピンボールは姿を消してしまっていました。その頃から打てない気持ちと打ちたい気持ちの差が付きはじめ、結局ゲームセンターを経営するまでになりました。ただ、ピンボールの淘汰は97年には相当なものになっており、ゲーム業者からは今でも完全な嫌われ者に仕立てられています。それから1年程経って、たまたま伺った大阪の業者に「Gilligan’s Island」が有ると聞いたときは、どんな台でもいいから取り敢えず送ってくれ・・と言うことでやっと手に入れることができました。トラブルやメンテナンス、補修パーツはタイトーに多少有る等、この台から教わったことは非常に多いです。
お客さんも懐かしかったのか、嬉しいことに入荷して3ヶ月程「ギリガンズ待ち」が出来ることも有り1日150カウントという、その頃の筐体ゲームでは驚異的な売り上げをマークしました。
もう、何でもいいからピンが業者に有ったら即入荷を繰り返しているうち、いまでは11台を稼動するまでになりました。最近では多少稼動させる台を選べるようになり、店のスタンスとしては過去の自分がやり込みたかった台や、知名度のある版権物、現在も海外では制作をしている証として最新鋭の台を扱っていこうと考えています。今後は、店のスペースや配置も考えていきたいですね。あとは、最低でも1台は後期のドラムピンを手に入れようと思っています。
とりあえず、設定や状態を良くすればゲームセンターでも十分成り立つという事が証明できました。


(1999.8)